まだ不登校で消耗してるの?

不登校で悩んでいるあなたへ。
死にたいくらいなら今すぐ辞めよう。
世界はもっと広いから。



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あやりり(@ayariri_motu)です。

10年前、高校一年生だった私は突然不登校になった。
不登校なんて自分には縁のない話だと思っていたのに。

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私の居場所はここしかないと思っていた


私は小中高一貫の私立の新学校に通っていました。
小学校に入るときにお受験すれば、基本的に高校までストレートで上がることができます。
小学校で100人くらい、中学受験で120人くらい入ってきて、あとはそのまま高校卒業まで。
長ければ12年、短くても6年は同じ人間関係。
私はそんな環境で、姉も同じ学校で、その環境しか知らずに育ったのです。

修学旅行が不登校のはじまり

高校一年生の秋、修学旅行から帰った私はひどく疲れていました。
4泊5日、友達と24時間一緒。
本来、人とずっと一緒にいるのが好きではなかったのでしょう。
最終日に異変が起こりました。

笑い方が分からない

笑い方が分からなくなったのです。
どう表情を動かしたらいいか分からない・・・
今までどうやって笑って写真を撮っていたのか?
頬っぺたばかりが引きつり、友達にも「何その顔?」と言われる。
自分でも何が起きているか分かりませんでした。

徐々に溜まったストレスが限界を超えた

当時私は様々なストレスを抱えていました。
それはきっと高校生なら多くの人が抱えること。
家族のことや部活での人間関係、成績の伸び悩み。
でもその発散方法を知らなかった。
誰にも話せず自分の中で溜め込んでいくうちに、気づいたら限界をむかえていたのです。
それが修学旅行をきっかけに爆発したのでした。

はじまりは「風邪が治らない」

修学旅行から帰った私は風邪を引きました。
咳が長引き、食欲がなくなり、一日、また一日と休みが増えていく。
徐々に学校に行ける日が減っていきました。
それでも単位を落とすと留年してしまう。
必死に試験だけ受け、なんとか死ぬ気の思いで2年に進学しました。

リセットされた欠席日数、それでも1ヶ月でまた不登校に。

その学校は少し変わっていて、中学1年生から高校生1年生まで男女別クラスです。
4年間女子クラスで過ごし、女学校さながらの生活、それが高校2年でいきなり男女混合に。
大学受験のために文系理系別れるためです。
クラスの雰囲気はガラリと変わり、理系で頭の良い人がたまたま集まったクラスになった私。
授業に出ても休んでいた私はついていけず、授業で当てられて答えられないことが耐えられない。
あっという間に不登校に逆戻りでした。

プレッシャーでどんどん自分を追い詰めていく

ずっとこのままではいけない、というプレッシャーに私はどんどん追い詰められていきました。
休んでいても、「この時間にみんなは学校に行き、勉強している。」と思うと死にたくなりました。
行かなければいけないのに、行けない。
夜には明日こそ行こう、と思うのですが、次の日には布団から出られない。

夜も眠れず、ご飯もたべられない。
先生と面談していると、頭が重くて首で支えるのが大変。
標準的健康的な体型だった私は、気付いたら6キロも痩せていました。

自分に合ったクリニックとの出会い

不登校が始まった頃、学校に紹介された心療内科へ通いはじめました。
先生には「眠れない」と訴えると睡眠薬が増え、「胃が痛い」と思うと胃薬が増えました。
こうしてみるみる服用する薬は増えていきます。
カウンセラーは「どうしたいのかな?何を考えてる?」と聞いてきます。
学校に行かなければいけない、と思っている。
でも行けないのです。
何百回と自分の中で繰り返した会話を、カウンセラーにもさせられる。
一方に先の見えないカウンセリング。
ちっとも良くならない私に、心配した親が知り合いにクリニックを紹介してもらいました。
地元からは少し離れた場所でしたが、すごく自分に合ったクリニックでした。
その先生は、その時私が処方された薬の量を見て、
「これもいらない。これもいらないね。減らしていこう。」
5,6種類あった薬は、あっという間に2種類に減りました。

考えすぎなくていい、モヤっとすることはしなくていい。

「いろいろ考えていてもなかなか答えが出ないでしょう。
そんな時は心の声を聞くといいよ。
心の中でモヤっとすることは、やりたくないことなの。
ほんとは自分の中で答えなんて決まってるの。

それが考えすぎて見えなくなってるだけなんだよ。」
私はこのままこの学校に残ることと、転校して他の学校に行くことを想像してみました。
このまま学校に残ることはいやだ。
新しい環境でやり直したい。

これが私の心の答えでした。

無理やり学校に行かせなかった母

母は心配こそすれ、無理に学校に行かせようとはしませんでした。
夜中に不安で泣きながら、机の上の教材をすべてなぎ倒したこともありました。
「辛いね。行かなくていいんだよ。大丈夫だよ。」
と静かに受け止めてくれました。
反抗期もなく、優等生で学校に通っていた私の変わりように、母も戸惑っていたに違いありません。
ネットで購入したと思われる「自分の子供が不登校になったときに」という商材が隠してあったこともあります。
でも私には決してそんな姿を見せませんでした。
「学校なんて行けなくてもいいよ。贅沢はできないけど、あなた一人くらい養っていけるから。」

その言葉がどんなに救ってくれたか分かりません。
今では、私のことを信じていたからこその言葉だったのだ、と思います。

10年通った学校を退学、そして単位制高校へ

学校を辞める、と決めてからの私はなぜかとてもスッキリしていました。
もう出席日数も足りず、今の学校では留年するしかありませんでした。
留年の選択肢はなく、他の高校へ転校するしかありません。
選択肢として通学制の通信制高校を考えていましたが、元の学校の先生がすすめてくれた県立の単位制高校に入学することにしました。
単位制の高校は大学と同じで、単位があれば卒業できます。
3年でこれだけとれば卒業、というものがあり、進学校だった私は高校一年生終了時点で普通よりも多くの単位を持っていました。
単位制高校は大学と同じ仕組みで、必須単位さえとれば、あとは自分進路にあった授業を自由にとることができます。
就職する人は資格をとれる授業をとったり、進学を目指す人は受験科目の授業をとります。
なにより、今持っている単位のおかげで、約一年間不登校でも、本来と同じ時期に卒業することが可能でした。
また候補にしていた通信制高校は学費が高く、年間100万ほどかかりそうでした。
ここは県立高のため学費が安く済みます。
一応受験があったため、私立高校は退学。
高2の秋に受験して、この単位制高校に通うことになりました。

バカにしていた単位制高校、ここが私の居場所だった。


単位制高校は元の私立高から歩いて10分ほどしか離れていませんでした。
もちろん地元の私は存在を知っていて、ここから出てくる人を見下していたのです。
なんて浅はかでバカだったのか。
制服や校則もない単位制高校は、ヤンキーが多く私とは関係のない人達だと思っていました。
でもそこにいるのは、様々な事情を抱えた人たち。
一見怖そうでも実は優しくて気さくな人、自分で頑張って昼間は働いて夕方から通ってくる人、私と同じように挫折し、他の高校を辞めてきた人。
みんな複雑な事情を抱えているのが当たり前のため、すんなり受け入れてくれます。
前の高校にいるときは、ここにいることが私のステータスで、ここにしか居場所はないんだと思っていました。
ここを辞めるくらいなら死にたいとまで思ったこともありました。
でも辞めても私は全然死にませんでした。

それどころか新しい人間関係が楽しくて仕方ありませんでした。
大学と同じで、一応週に一回ホームルームをするクラスはありますが、みんな受けている授業はバラバラです。
なので一緒になった授業で仲良くなった人に、またその友達を紹介してもらう。
こうしてじわじわと友達の輪が広がっていきます。
歳もいろんな人がいます。
一つ上、二つ上は当たり前。
70になって高校に行きたくなったおばあちゃんもいました。
制服がないので自分でイーストボーイでなんちゃって制服を購入し、制服ファッションを楽しむ。
ダサい制服にがちがちの校則から、正反対の世界。
何もかもが新鮮で、楽しくてたまりませんでした。
今まで見ていた世界が、いかに狭い世界の一つだったのか、と思い知ったのです。
高校に行き始めた私は、少しずつ自分で眠れるようになり、遠かったクリニックに行かなくても大丈夫になりました。

行きたくない、と思ったら行かなくていい。まだそんなところで消耗するの?

私の場合はこの高校が合っていたので、とても楽しく残りの一年半を過ごしました。
でも高校に行かなくてもいいのです。
今は高卒認定もあるし、ネット授業も発達していて、自分で勉強しようと思えばいくらでもできます。
不登校で、でも今の場所から踏み出す勇気がない人は、そんな場所で消耗している時間が勿体ないと思ってください。
私は高1の秋から、高2の秋に転校するまでの約一年、不登校で消耗しました。
今となればもっと早く転校していればよかったと思います。

本当に楽しくて、大好きな高校で、もう一年卒業を伸ばそうかと思ったくらいです。
でもあの挫折があったから今の私がいます。
人間居場所なんていくらでもあって、そこじゃないといけないことなんて滅多にないのです。
人間死ななきゃどーにでもなる、というのがこの挫折から学んだこと。
あの期間は決して無駄ではなかった。
でももっと短くてよかったな、勿体無いことしました。
一つ、不登校で学校には行けなくても、何か一つ興味のあることを始めてください。
学校がダメならネットでもいい。
自分の居場所を見つけてください。
実は私は不登校、と言いましたが、その時せめて何かしなくては、と焦って劇団に所属していました。
学校以外のコミュニティを持っていることは自信をつけてくれます。
「学校にいけない」罪悪感を、多少和らげてくれます。
結局あまり続きはしなかったのですが、興味のあることに挑戦できたのはよかったです。
今はツイッターやInstagramなど、簡単に知らない人と交流することができます。
このようにブログを設立して運営してみるのもオススメです。
私も社会人生活に早くも飽き始め、SNSに新たな居場所を作ろうと頑張っています。
できればインプットだけでなく、自分を発信する、アウトプットする場所を作りましょう。
学生というのは可哀想です。
小中と決められた場所に行き、高校もある程度決められた中から選んで受験する。
そしてそこにいるとどんどん世界が狭まってくるのです。
でも実はいくらでもやり方はあって、正解はない。
合わないなら辞めてしまえばいい。
義務教育なら無理して行かなくていい。
でも勉強は自分でしよう。
世界を広げる役に立ちます。
不登校のあなたが、「今私、消耗しちゃってる。」と気づいてくれたら、嬉しいです。

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